#243 東京百景 |
又吉直樹
ヨシモトブックス
2013年のエッセイ 100編!
太宰治 「東京八景」のオマージュです。
劇場中心の生活を続ける中で、文章を書く仕事をいただくようになった。稚拙な素人
が格好つけても仕方が無いので取り繕わず正直に書くと決めた。
「東京百景」を書き終えた時、僕は32歳の中年になっていた。青春と云うには老
け込んだ。だが大人というには頼りない。誇れる事は一通りの恥をかいたということのみ。
あくまでま自分の生活に附随した風景だから場所が随分偏った。観光の供にはならな
いだろう。しかし、これが僕の東京なのだ。東京は果てしなく残酷で時折楽しく稀に優
しい。ただその気まぐれな優しさが途方もなく深いから嫌いになれない。
2013年 又吉直樹 はじめに より
八十二 * ルミネ the よしもと
初めてルミネで先輩にご飯に誘っていただいた時のことは今でも鮮明に覚えている。
中略
驚いたのは、居酒屋に行く前に大地さんが消費者金融に立ち寄ったことだった。居
酒屋に行くと、大地さんは「なんでも食べたいもの頼んで」と優しい言葉をかけてくれ
たが、消費者金融に入っていく大地の残像が頭にちらついて中々頼みにくかった。
借金をしてでも後輩に飯を食わせる。これが芸人かと思った。
山本さんに「ご馳走様です」というと、いつも山本さんは「全然、全然」とこちらを見ず
に言った。
中略
僕は数年前から 「あいつゲイじゃねえか?」 と囁かれるほど後輩たちに焼肉を奢る
ようになった。
そうなったのは、この時期の山本さんを見ているからだ。そして、後輩に「ご馳走様
です」 と言われたら、いつも僕は「全然、全然」 と後輩を見ずに言う。
「火花」にリンクしているんですね?!切ないです
九十九 * 昔のノート
死にたくなるほど苦しい夜には、これは次に楽しいことがある時までのフリなのだ
と信じるようにしている。喉が渇いているときの方が、水は美味しい。忙しい時の方が、
休日が嬉しい。苦しい人生の方が、たとえ一瞬だとしても、誰よりも重みの有る幸福
を甘受できると信じている。その瞬間がくるのあ明日かもしれないし、死ぬ間際かも
しれない。その瞬間を逃さないために生きようと思う。得体のしれない化け物に殺され
たまるかと思う。反対に、街角で待ち伏せして、追ってきた化け物を「ばぁ」と驚か
せてやるのだ。そして、化け物の背後にまわり、こちょこちょと脇をくすぐってやるのだ。
地味だけれど、誠実な又吉くんがリアルに感じられる いい本です